Wednesday, June 07, 2006

大島説への反論(笑)

まあよしが言っている事も分かるけれども、今日はあえて最近のメディアを好意的に解釈した上でなぜ彼らが村上批判をしているのか書こうじゃないか。

それは多分以下の二点に集約するのでは?
①彼らは実質的には何も生み出すものが無かった
②金儲けとはなんぞや

まず①について
これはかなり僕個人の主観が入っています。僕はかなり売買差益で儲けるという商売が嫌いです。根本的に人間は働く理由と言うのは、他人のために自分が何かを生み出して、その感謝の気持ちを実質的存在に置き換えたものが報酬であると思うからです。「いやいやなにをしてでも儲けて、株主のためにいいことをしたじゃないか」という批判は、それは僕には単なる自己満足に聞こえます。
ただ記者会見の中にあった、「(自分達の行動は)会社のためだった」という発言と、メディアがよく発言の一部を切り取って使う「金を稼いで何が悪い」という発言、メディアは矛盾じゃないか!!と騒いでいますが、儲かる上に会社のためになる仕事は無数にありえると思いますし、むしろ会社のためになるから儲かるという論理構成もありえるわけで、その点に関してはメディアの論調は救いようがないかと思われます。
お気づきの方も多いかと思いますが、では村上ファンドがしたことが会社のためになったのか、つまり何かを生み出したのかどうかという点に関しては皆様の解釈に任せます。僕個人的には生み出したと仮にしても、それは副次的なものなのではないかという感は否めません。ただ世論に対し、株主の意義について改めて問うた部分の功績は少なくとも大きいのではないかと言う実感を持っています。

次に②。
これは昨日ある人が話していたことにかなり実感した部分があるので、それを紹介しつつ自論を展開したいと思います。
その人が言ったのは、「金儲けに走る奴は安い」という言葉でした。僕の解釈によれば、やはり金が儲かった、あるいは損をしたというのはあくまでも結果論でなくてはならないと言うことだと思います。つまり自分の信念なり、方針を貫いて成功したらそれは喜ぶべき結果であるし、失敗しても後悔しないと思うんです。ていうかそもそも論として、そういう奴はかっこいい!!見ていてきれいだし、そういう奴は最後の最後で成功する運命である気もします。
それに対して「金儲け」があくまでも主眼である人は、「金」のためにどんな自分の信念も曲げられてしまうわけですよね。要は、イメージとして太陽の周りを地球が回っているわけだけれども、かっこいいやつは太陽が自分、地球が金。だけど「金儲け」野郎は、金と言う太陽の周りをぐるぐる回っている、あるいは回らされている地球なんです。ふりまわされているんですよね。かっこわりー。
メディアが集中的に批判しているのは、金儲けが悪いといっているわけでは必ずしもなくて、例えば優勝するかしないかで大阪の人が大いに盛り上がっているときにあえて阪神電鉄買収を発表する、などといったいかにも自分の信念ではなく、金儲けに主眼が置かれた行動に対して激しいバッシングをしているのではないでしょうか。そうであるならば一定程度でメディアの意見にも正当性がありますよね?
じゃあ次の論点として、「自分の信念=金儲け」である場合。これは村上さんと日本国民の根本の部分での性格が食い違っているからとしか言いようがありませんよね。この場合は自分の活躍するフィールドがまだ日本には無かったと悔いるしかないのかなー。

別にメディア擁護論でないですよ?だって僕はむしろファンドビジネスよりメディアのほうが嫌いですから。はっはー

っていうかさ、こんなん続けてたらますますみんな投稿しなくなるんじゃないかって思うんだけど、そんなこと言いながらこんな投稿してしまいました。なんならまた24時間くらいで消しましょうか。

んでは

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